2024年7月のパリオリンピックに向けて、陸上界では早くも代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(通称MGC)」が行われました!
優勝候補で日本記録保持者の鈴木健吾(すずき・けんご)選手が、怪我のため途中棄権するなどの波乱がある中、見事2位で代表の座を勝ち取ったのは、赤崎暁(あかさき・あきら)選手です。
赤崎選手は「陸上人生の最大の目標が日本代表になること。夢が叶ってよかった」とコメントしており、その嬉しさが伝わってきます。
今回はそんな赤崎選手について、以下を調べてみました!
- 赤崎暁の出身高校・大学
- 赤崎暁の経歴
- 赤崎暁の家族構成
では、見てみましょう。
赤崎暁の出身高校・大学
赤崎選手の出身高校・大学について調べてみました。
赤崎選手の高校時代
赤崎選手は熊本の開新高等学校出身です。
当時指導していた木村龍聖監督は、中学時代の走りを見て、「本当にバネがあり、ケニア人のような走りをするセンスのいい走り」と感じ、赤崎選手を開新高校へと誘ったそうです。
監督は当時の様子を「ものすごく勝気な性格。負けず嫌いなところもあるし、非常に勝負事には適性があるのではないか」と語っています。
赤崎選手は、木村監督指導の元、熊本県高校駅伝など経験を積み、陸上の才能を伸ばしていきます。
赤崎選手の大学時代
大学は、岡田元監督に誘われ拓殖大学へと入学します。
岡田監督は、日本記録保持者で1988年ソウル五輪代表の松野明美さんを育てたことでも知られる名監督で、赤崎選手と同じく熊本出身ということもあり、赤崎選手の能力を早くから見出していたようです。
4年では山下拓郎前監督に変わりますが、赤崎選手は1年次から箱根駅伝に代表として4年連続出場し、拓殖大学の成績に貢献しています。
赤崎暁のプロフィール
この投稿をInstagramで見る
名前:赤﨑暁(あかさき・あきら)
生年月日:1998年1月21日
年齢:25歳(2023年10月現在)
身長:170㎝
体重:53㎏
出身地:熊本県
出身校:大津中等学校(熊本)→開新高等学校(熊本)→拓殖大学
趣味:美味しいスイーツ店探し
赤崎選手の好きな食べ物はパンケーキやタピオカという情報もありますので、無類の甘党だということが分かります。
フルマラソンを走ると2100キロカロリー消費すると言われていますので、スイーツを食べて頑張ってほしいですよね!
赤崎暁の経歴
中学時代、赤崎選手は地元熊本の町内マラソンに出場し、バレー部所属ながら陸上部員全員に勝利したほどの脚力を持っていたそうです。
高校、大学はそれぞれ監督に恵まれ、陸上選手として実力を伸ばしてきた期間でしたが、特に優勝など、目立った成績はありませんでした。
ですが、社会人で九電工に就職し、2年目からマラソンに挑戦したことが、赤崎選手の転機となります。
マラソンを始めたきっかけは4年生の時に見たマラソングランドチャンピオンシップだそうです。
既に九電工に入社が決まっていた先輩の大塚祥平選手が、4位になった姿をみて、「マラソンで活躍したい」という思いを強くしていたとお話しされています。
マラソンに転向してから、2022年2月の別府大分毎日マラソンで2時間9分17秒を記録。
同じ年の12月の福岡国際マラソンでは2時間9分01秒で自己新記録を達成するなど、力を発揮します。
そして今回、ついにマラソングランドチャンピオンシップにて、パリオリンピック日本代表になることができました。
熊本県出身の選手がオリンピックの日本代表になるのは、金栗四三選手以来、100年ぶりの快挙です。
赤崎暁の家族構成
家族構成について、詳しい情報はありませんでしたが、マラソングランドチャンピオンシップ後にお父様がインタビューを受けています。
コース上の4箇所で応援されていたそうで、「13キロで『暁ファイト』と声をかけたら、本人が手を挙げて反応してくれて『聞こえているな、冷静だな』と分かりました」と語っています。
引用:RKKニュースより
レース中、赤崎選手の励みになったことは間違いないですよね。
お父様はレースの5時間後に息子さんと会えたそうですが、その際「何のためにもらった代表なのかを、きちんと自分で学んで今から生きなさいと」と伝えられたそうです。
喜ぶだけじゃなく、オリンピックを見据えたアドバイスをされているので、素晴らしい両親であると感じました。
まとめ
赤崎選手は学生時代こそ、目立った活躍はありませんでしたが、社会人になって活躍できるフィールドを見つけた選手と言えるでしょう。
長年の日々の積み重ねが導いた結果だと思います。
オリンピックは赤崎選手にとっても大きな節目となる大会だと思いますので、皆さんも是非応援しましょう!